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京都は日本のなかでも「異質」文化?

**第2章 さあ、京都で始めよう**

外国人には「日本文化の象徴」のように思われている京都ですが、そこに1200年ものあいだで根付いた文化は、必ずしも現代の日本人をそのまま表したものではないだろうと、私には感じられます。京都の文化にはむしろ、日本のなかでは異質な感覚が少なくないからです。

それが理解できるのは、私自身が根っからの京都人ではなく、それでいてかなり深く京都に関わってきたからかもしれません。

たとえば私の前職である市役所職員(他市)の経験から感じられるのは、京都では昔から町衆が活躍して大事なものをつくってきた、という歴史の違いです。

東京千代田区六番町にある「番長小学校」は明治4年に官立で創設された最も古い小学校の一つとして知られていますが、そんな日本の現代教育の草創期のころから、京都では町衆が独自に小学校をつくっていました。

それは「番組」という、町の組織に含まれていたのです。

京都では、江戸時代のころから町衆による「町組」という自治組織ができていました。この町組は明治時代になってまもなく「番組」という、現在の地方自治体のような働きをする組織に再編されました。このとき、ほぼすべての「番組」に一つずつの小学校(番組小学校)が設置されたのです。

番組小学校はただの小学校ではなく、地域の役所、警察、消防、保健所などの機能も備えていました。京都の町衆は、いまの町内会のような組織のなかで、それぞれ独自にこのような都市機能をつくっていたのです。

また京都というのは、日本のなかで唯一、封建制が敷かれなかったところとしても知られています。それは「自分たちがやってきた、つくってきた」という京都の町衆の誇りにもつながっているはずです。その誇りは日本のなかでも京都独自のもので、京都人から感じられる自立した感覚もそうしたなかで昔から人々に根付いたものだと思います。

だから、京都人が持っている価値観は、一般的な日本人が伝統的にもっているものとはかなり異質です。京都以外の日本人が京都人に対して微妙な不思議さを感じるのも、そのためではないかと思います。その異質性がおそらく潜在的な好意につながっているのでしょうし、私自身も京都のそういうところが好きです。

さらに、純日本風イメージの京都で少し意外に思われるのは、京都の人は昔からハイカラだったということです。

京都は日本で初めて電車が走った町ですし、現在もパンの消費量は日本でいちばん多いそうです。保守的な考えを持つ人が多い割には、政治的には昔から共産党が強いところとしても知られています。

伝統的で貴重なものを残し、それを守りながらも、人々はお上から押しつけられたまま泣き寝入りするのではなく、いつも自立していたい、そのように考える日本でも珍しい町なのです。

ただしその京都人、京都の町衆というのは、元をたどれば、どこかほかの地域からやって来た人たちです。それは現在の東京と同じです。都で何かやってやろう、一旗あげようと集まってきた人が、現在の京都をつくったのです。そこもまた面白いところです。

こうした京都の独特で微妙な、ちょっと異質な感覚というのは、日本人だからわかるところで、外国人観光客にいくら説明しても理解してもらうことはできないでしょう。

それでも、このような京都という町で民泊ビジネスを始める面白さは、間違いなくあるはずです。その点をオーナー自身が楽しめるような事業をやっていけば、きっと周辺地域と共同で盛り上がっていけるのではないかと思います。

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【注記】この記事は開発者Tが以前に執筆したコラム・出版準備した書籍原稿からのものです。内容は当時の法令・制度等に基づくものであり、現時点での正確性を保証するものではありません。最新の情報は本AI行政コンパスのチャット画面等でご確認ください。