**第4章 許可が下りなくても、あきらめないで!**
医師、税理士、不動産鑑定士、弁護士、司法書士、行政書士等々、難しい国家試験をパスして、資格を得て仕事をしている専門家、いわゆる「士業」に就いている人たちは、何のために存在しているのでしょう。言うまでもなく、医学や法律といった膨大な文献を理解していないと行えないことを、一般市民の代理で行うためです。それに対する報酬をなりわいとしているわけです。
士業の専門性(資格)の分類は、日本ではかなり細かく設定されています。
とくに法律に関しては、弁護士、司法書士、行政書士、社会保険労務士、不動産鑑定士、土地家屋調査士など、さまざまな「士」が存在しています。しかしアメリカでは、すべて Lawyer です。
したがって、アメリカの Lawyer はいろいろな専門家がいます。得意な分野は、それぞれの Lawyer が持っているはずです。しかし基本的には、法律に関することであればなんでも請け負うのです。「法律顧問」という感覚で、その依頼人全体のこと(益)を考えて、そこに法律のほうを当てはめていこうとします。依頼人ありきですから、オールマイティにならざるをえないのです。
それは、よく考えれば当たり前のことです。私たちの生活というのは、常にさまざまな法律に関連したり、しなかったりしています。依頼者に一つのトラブルがあったとしても、それは依頼者の生活のほかの部分にも間接的に関係していたりします。その派生した問題については日本ではほかの専門家が扱うことになりますが、アメリカではすべて Lawyer ですから一人で処理してもらえるわけです。
日本では個々の専門家が、依頼者に派生して生まれてくる(その危険がある)問題に気がつかないため、やがてあちこちに課題が噴出して、もぐら叩きのようになってしまいます。そのたびにあちこちの専門家に依頼しなければなりませんが、アメリカでは一人の専門家に任せておけば安心なのです。
専門を分けて分担すれば、それぞれの専門性は深くなります。しかし一方で、ちょっと隣にある専門分野さえわからなくなっていきます。依頼者が持ってくる問題と関連して、すぐそばにほかの問題があるのに気づかなかったりします。業務を特化してルーチン化するということは、そこに気づこうともしない、ということではないかと思います。
一つの問題に対してどの法律を使うか、引き合いに出すのかということは、依頼者にベストの解決をもたらすために重要なことです。しかし残念ながら、専門分化の激しい日本ではそれが難しいのです。
市民がわからないことに応対するという意味で、市役所の窓口にいる職員も准専門家でなければならないと私は思います。たとえ異動したばかりでわからなくても、ベースとして「相談者の全体を考える、窓口の名前にとらわれないオールマイティな対応を心がける」というポリシーをもっていれば、それだけでもサービスは大きく違ってくるでしょう。
士業については、とくに行政書士という、かなり横断的な知識と経験を必要とする専門職の仲間こそ、そこに切り込んでいきやすい専門家ではないかと私は思います。それを目指すことは専門家としての幅を拡げ、より依頼者に喜んでいただけるようになります。
もしも行政書士の先生がこれを読んでおられたら、そして共感していただけたのであれば、ぜひご連絡いただければと思います。
京都市役所にもの申す!
【注記】この記事は開発者Tが以前に執筆したコラム・出版準備した書籍原稿からのものです。内容は当時の法令・制度等に基づくものであり、現時点での正確性を保証するものではありません。最新の情報は本AI行政コンパスのチャット画面等でご確認ください。