坂本龍馬(竜馬)が設立し、のちに「海援隊」に発展した「亀山社中」という組織があります。
「とにかくゆくゆくは亀山社中が百万石程度の藩の実力をつけねばならぬ。それをもって薩長を主導しつつ幕府を倒して新国家を樹立するのだ」
さらに竜馬は「幕府を倒して政府ができてもみなは役人になるな。一方では海軍を興し、一方ではこの亀山社中を世界一の商社にする、そのつもりでやれ。もっとも倒幕活動や倒幕戦をやるうちに諸君のほとんどは傷ついたり死んだりするだろう。業なかばでたおれてもよい。そのときは目標の方角にむかい、その姿勢でれよ」といった。みな感奮した。(司馬遼太郎「竜馬がゆく(六)」文春文庫 177頁)
さて、商法学者の奥島孝康氏は、自分の好きな一節として上記を引用し、竜馬(龍馬)が亀山社中を株式会社の組織原理にもとづいて設立する明確な意図を持っていたことを指摘しています。[1]
「会社」という言葉は、福沢諭吉が造語したイギリスの「カンパニー」の訳語ですが、その「company」の語源といえば、ラテン語のクムとパニスにあり「共に()パン()を食べる」という意味とされています。つまり共同で事業を起こすために、一緒に食事をする同志的団体を指すことから起った言葉だそうで、共同事業形態の組織であることが特色です[2]。同じく株式会社を意味するタームとしてアメリカではコーポレーション(corporation)が用いられていますが、こちらは人格ないし団体を意味するラテン語のコルプスを語源とし、次第に法人を意味するものに転化しましたが、その含意は「永続的承継」(パーペチュアル・サクセッション)であり、「永遠の生命を持つ人」なのです。[3]
つまり、竜馬が語った亀山社中の経営方針には、「同志的団体」と、その同志の屍を乗り越えても事業が継続されるという「永遠の生命」が読み取れるのです。
同じことは医療法人についてもいえます。医療法人には、大きく分けると株式会社と同じく「社団」である法人と、これとは若干異なる「財団」である法人があります。前者は同じ志を持った者が(必ずしも医師でなくとも良い)「社員」となって法人を構成しますので「同志的団体」です。後者については人の結合ではなく財産が主体となりますので「同志的団体」とはいえませんが、いずれにしても両者ともに「永続的承継」が認められています。つまり、どんな名医でもいつかは生命が尽きてしまいますが、医療法人になることで「永遠の生命を持つ人」として継続して医療を提供できる体制が可能となるのです。
そして、株式会社との違いを言えば、ある事業者が個人商店のままでいるか株式会社形態を用いるかは、極端に言えばその事業者のみの問題であって、一般市民が関知するところではありません。しかしながら、医業者が個人診療所として医療を行うか、医療法人として医療活動が行われるかは、継続して医療を提供できる体制が整えられるかどうかという点で、医療の受け手である一般市民の利益に大きくかかわります。実はこの点が最大のポイントとなって医療法人を取り巻く法制度(税制を含む)が制度設計されていると言えるのです。
脚注
【注記】この記事は開発者Tが以前に執筆したコラム・出版準備した書籍原稿からのものです。内容は当時の法令・制度等に基づくものであり、現時点での正確性を保証するものではありません。最新の情報は本AI行政コンパスのチャット画面等でご確認ください。